ジョン・バニヤン『天路歴程』

(二十三)無知

私はまた眠って、ふたたび夢を見た。すると、あの同じ二人の巡礼者が、大路に沿って山々を下り、都のほうへ向かって行くのが見えた。さて、この山々の少し下の左手には、〈うぬぼれの国〉がある。その国から、巡礼者たちの歩いている道へ、曲がりくねった小道が一本通じていた。ここで二人は、その国から出てきた、たいそう威勢のいい若者に出会った。その名を〈無知〉といった。そこでクリスチャンは、どこから来て、どこへ行くのかと彼に尋ねた。

無知「はい、私はあそこの、少し左手のほうにある国で生まれました。これから天の都へ行くところです」

クリスチャン「でも、門のところでどうやって入れてもらうつもりですか。そこでは難しいことがあるかもしれませんよ」

無知「ほかの人たちと同じようにして入りますよ」

クリスチャン「でも、門を開けてもらうために、そこで何を見せられるのですか」

無知「私は主のみこころを知っていますし、これまで正しく暮らしてきました。誰にでも、払うべきものは払っています。祈りもするし、断食もするし、十分の一もささげるし、施しもしています。それに、行こうとしている所を目指して、自分の国を出てきたのですよ」

クリスチャン「でも、あなたはこの道の初めにある狭い門から入って来ませんでした。あの曲がりくねった小道を通って、ここへ入って来たのです。ですから、心配なのです。あなたが自分のことをどう思っていても、清算の日が来たら、都に入れてもらえるどころか、盗人であり強盗であるという罪を負わされるのではないでしょうか」

無知「お二人とも、私にはまったく見ず知らずの方です。あなたがたのことは知りません。ご自分の国の宗教に従っていればいいでしょう。私は私の国の宗教に従います。万事うまくいくと思っていますよ。それに、あなたがたの言うその門が私たちの国からずいぶん遠いことは、世間の誰もが知っています。私たちの地方には、そこへ行く道を知っている人さえ一人もいないでしょう。もっとも、知っていようがいまいが、どうでもいいのです。ご覧のとおり、私たちの国からは、きれいで気持ちのいい緑の小道が下りてきて、いちばんの近道でこの道に通じているのですから」

クリスチャンは、この男がうぬぼれて、自分を知恵ある者と思い込んでいるのを見て取った。そこで〈希望〉にささやいた。

「あの人よりも、かえって愚かな人のほうに望みがあります(箴言二六・一二)」

さらにクリスチャンは言った。

「『愚者は道を行く時、思慮が足りない。自分の愚かなことをすべての人に告げる』とあるとおりです(伝道一〇・三)。どうしましょうか。もっとあの人と話しますか。それとも、今は追い越して行って、もう聞いたことをあの人に考えさせておきましょうか。そして、あとでまた立ち止まってあの人を待ち、少しずつでも、あの人のためになることができるかどうか、試してみましょうか」

すると希望が言った。

「無知には、しばらく思い巡らさせよう語られたことを。そして拒まずにいてほしい良い勧めを受け入れることを。さもないと何よりの益について、無知のままでいるだろう。神は言われる、無知の民は自ら造った者であっても、救わない、と」

希望「それに、あの人に一度に全部言ってしまうのは、良くないと思います。よろしければ、今はあの人を追い越して行き、あとで、あの人が受けとめられる程度に話してみましょう」