ジョン・バニヤン『天路歴程』

(十六)虚栄の市

私が夢の中で見ていると、二人は荒野を抜けた。するとまもなく、行く手に町が見えてきた。その町の名は〈虚栄の町〉という。町では市が開かれていて、〈虚栄の市〉と呼ばれている。市は一年中開かれている。虚栄の市という名が付いているのは、市の開かれている町そのものが、むなしいものよりも軽いからである。また、そこで売られる物も、そこにやって来る物も、すべてむなしいからである。賢者の言うとおり、『きたらんとする事は皆空である』(伝道の書一章、二・一一、一七、一一・八、イザヤ四〇・一七)。

この市は、近ごろ始まったものではない。昔からあるものである。その起こりを話そう。

五千年近く前にも、天の都へ向かって歩む巡礼者たちがいた。ちょうどこの二人の正直者のようにである。ベルゼバブ、アポリュオン、レギオンとその仲間たちは、巡礼者たちの歩いた跡を見て気づいた。都への道は、この虚栄の町を通っているのだ。そこで彼らは、この町に市を立てようと企んだ。あらゆる虚栄を売る市で、一年中開かれる市である。だから、この市ではあらゆる商品が売られている。家、土地、商売、地位、名誉、昇進、称号、国、王国、欲望、快楽などである。あらゆる種類の楽しみもある。遊女、女衒、妻、夫、子供、主人、しもべ、いのち、血、からだ、たましい、銀、金、真珠、宝石など、何でもある。

そのうえ、この市ではいつでも、手品、いかさま、賭け事、芝居、道化、猿、悪漢、ごろつきが見られる。それも、ありとあらゆる種類のものがである。

ここではまた、盗み、人殺し、姦淫、偽証も見られる。しかも、ただで見られるのである。どれも血のように赤い色をしている。

規模の小さいほかの市でも、通りや筋にはそれぞれ名前があり、そこでこれこれの品が売られている。それと同じように、この市にもそれぞれの場所、筋、通りがある。つまり国や王国である。そこへ行けば、この市の品物がすぐに見つかる。ここにはイギリス通り、フランス通り、イタリア通り、スペイン通り、ドイツ通りがあって、さまざまな種類の虚栄が売られている。ほかの市では、ある一つの品が市全体の目玉になっているものである。それと同じように、この市ではローマの品とその商いが大いにもてはやされている。ただ、私たちイギリス国民は、ほかのいくつかの国民と共に、それを嫌うようになった。

さて、すでに言ったとおり、天の都への道は、このにぎやかな市が開かれている町のただ中を通っている。都へ行こうとしながら、この町を通らずにすませたいと思う者は、『この世から出て行かねばならない』(第一コリント五・一〇)。君の君であられる方ご自身も、地上におられたとき、この町を通ってご自分の国へ行かれた。それも市の立つ日にである。私の思うには、この市の首領ベルゼバブがその方を招いて、自分の虚栄を買わせようとした。それどころか、町を通るときに自分を拝みさえすれば、市の主にしてやろうとさえした。その方がたいへん尊い方だったので、ベルゼバブはその方を通りから通りへと連れ回し、またたくまに世界のすべての国々を見せた。何とかしてその祝福された方を誘い、虚栄のいくつかを値切らせ、買わせようとしたのである。けれども、その方は商品に少しも心を引かれなかった。だから、これらの虚栄にびた一文も使わずに、町を去って行かれた(マタイ四・八、ルカ四・五〜七)。このように、この市は昔からある古いもので、たいへん大きな市なのである。

さて、すでに言ったとおり、この巡礼者たちは、どうしてもこの市を通らなければならなかった。そこで二人は市を通って行った。ところが、二人が市に入るやいなや、市じゅうの人々が騒ぎ出した。町そのものが、二人のことで大騒ぎになったかのようだった。それにはいくつかの理由があった。第一に、巡礼者たちの着ている服が、その市で商いをするどの人の服とも違っていた。そのため、市の人々は二人をじろじろと眺めた。ある者は愚か者だと言い、ある者は狂人だと言い、ある者は異国の者だと言った(第一コリント二・七〜八)。

第二に、人々は二人の服装に驚いたのと同じように、その話す言葉にも驚いた。二人の言うことがわかる者は、ほとんどいなかったからである。二人はおのずとカナンの言葉を話した。しかし、市の商人たちはこの世の人間だった。そのため、市の端から端まで、互いに相手が異国人のように思えたのである。

第三に、商人たちを少なからずとまどわせたことがある。巡礼者たちが、商人たちの品物をまるで重んじなかったのである。二人は品物を見ようとさえしなかった。買ってくれと呼びかけられると、指で耳をふさいで叫んだ。『わたしの目をほかにむけて、むなしいものを見させないでください』(詩篇一一九・三七)。そして上を見上げた。自分たちの商いと取引は天にある、という意味だった(ピリピ三・一九〜二〇)。

ある者が、二人のふるまいを見て、あざけるように言った。

「お前たち、何を買うのか」

二人はその男を重々しく見つめて言った。

「私たちは真理を買います(箴言二三・二三)」

それがきっかけになって、人々は二人をますます軽蔑した。ある者はあざけり、ある者はなじり、ある者はののしった。二人をなぐれとほかの者をけしかける者もいた。ついに市は大騒ぎになり、秩序はすっかり乱れてしまった。すぐに市の大物のもとに知らせが届いた。大物は急いでやって来て、最も信頼する友人の何人かに、男たちを取り調べるように命じた。市をひっくり返しかけた男たちである。こうして二人は取り調べのために連れて来られた。取り調べる者たちは、二人に尋ねた。どこから来て、どこへ行くのか。こんな見慣れない服を着て、ここで何をしているのか。二人は答えた。自分たちは巡礼者で、この世では旅人であり寄留者だ。自分たちのふるさと、天のエルサレムへ行くところだ(ヘブル一一・一三〜一六)。町の人々にも商人たちにも、こんな目にあわされ、旅を妨げられるようなことは何もしていない。ただ、何を買うのかと聞かれたので、真理を買うと答えただけだ。けれども、取り調べを任された者たちは、二人を狂人としか思わなかった。さもなければ、市をすっかり混乱させに来た者たちだと思った。そこで二人を捕らえて打ちたたき、泥を塗りつけ、檻に入れた。市のすべての人の見せ物にするためである。二人はしばらくそこに置かれ、誰からも慰みものにされ、悪意や仕返しの的にされた。市の大物は、二人の身に起こることを、ずっと笑って見ていた。

けれども、二人は忍耐強く、『悪口をもって悪口に報いず、かえって、祝福をもって報いなさい』という教えを守った。悪い言葉には良い言葉を返し、危害には親切を返した。すると、市の人々の中でも、ほかの者よりよく物を見ていて偏見の少ない人々が、卑しい者たちをいさめ、とがめ始めた。卑しい者たちが、二人に絶えずひどい仕打ちをしていたからである。卑しい者たちは怒って、その人々に食ってかかった。お前たちも檻の中の男たちと同じくらい悪い、仲間に違いない、同じ目にあわせてやる、と言った。相手は言い返した。見たところ、あの男たちは静かで落ち着いていて、誰にも害を加えるつもりはない。この市で商いをしている者の中には、あの男たちよりも檻に入れられるべき者が大勢いる。いや、さらし台にさらされるべき者さえいる。そのあいだずっと、二人は彼らの前で、たいへん賢く落ち着いてふるまっていた。こうして双方でいろいろと言い合ったあげく、彼らは互いに殴り合いを始め、けが人も出た。

そこで、このあわれな二人はまた取り調べる者たちの前に引き出され、市で起きたこのたびの騒ぎの責任を問われた。二人はむごたらしく打たれ、鉄のかせをはめられ、鎖につながれたまま市じゅうを引き回された。ほかの者への見せしめと脅しのためである。誰も二人の味方をして口をきいたり、仲間に加わったりしないようにしたのである。けれども、クリスチャンと〈忠実〉は、いっそう賢くふるまった。浴びせられる不名誉と恥を、深い柔和と忍耐をもって受けた。そのため、市の人々のうち何人かが二人の味方になった。ほかの者に比べれば、わずかではあったが。これを見て、相手方はますます怒り狂い、ついに二人を死刑にすると決めた。そして、檻や鎖ではもう足りない、市の人々をはずかしめ、惑わした罪で死ななければならない、と脅した。

見よ、虚栄の市を。巡礼者たちはそこで鎖につながれ、傍らに立たされる。私たちの主も、このようにここを通りされこうべの丘で死なれたのだ。

そこで二人は、次の処置が決まるまで、また檻に戻された。人々は二人を檻に入れ、その足を足かせにしっかりとはめた。

ここでも二人は、誠実な友である伝道者から聞いたことを思い出した。伝道者が二人の身に起こると言っていたことが、そのとおりになった。それで二人は、自分たちの道と苦しみについて、いっそう確信を深めた。二人はまた、苦しみを受ける定めになった者こそいちばん良いものを得るのだ、と互いに慰め合った。だから、それぞれ心ひそかに、その栄誉が自分に与えられるようにと願った。けれども、二人はすべてを治めておられる方の、限りなく賢いはからいに身をゆだねた。そして、ほかの処置が下されるときまで、置かれた境遇のまま、大いに満ち足りてとどまっていた。

やがて都合のよい日時が決められ、二人は裁判に引き出された。有罪を言い渡すためである。その時が来ると、二人は敵の前に連れて来られ、罪状を問われた。裁判官の名は〈善嫌い〉卿といった。二人の起訴状は、形は少しずつ違っていたが、中身は同じだった。その内容はこうである。『この者たちは商売の敵であり、商売を乱す者である。町に騒動と分裂を引き起こした。また、君主の法を侮り、自分たちの最も危険な考えに一派を引き入れた』

さあ、忠実よ、男らしくあれ。あなたの神のために語れ。悪しき者の悪意も、そのむちも恐れるな。大胆に語れ。真理はあなたの側にある。真理のために死に、勝ち誇っていのちへと進め。

すると忠実が答え始めた。自分はただ、いと高き方よりもさらに高い方に逆らうものに逆らっただけだ、と。そして、こう言った。

「騒動についてですが、私は何も起こしていません。私自身、平和を好む者です。私たちの側についた人々は、私たちの真実と潔白を見て味方になったのです。その人々は、悪いほうから良いほうへ向きを変えただけです。それから、あなたがたの言う王は、私たちの主の敵ベルゼバブです。ですから私は、ベルゼバブにも、そのすべての使いたちにも、真っ向から逆らいます」

そこで布告が出された。主君である王のために被告に対して何か言うことのある者は、ただちに出頭して証言せよ、というのである。すると三人の証人がやって来た。すなわち、〈ねたみ〉、〈迷信〉、〈おべっか〉である。彼らは、被告を知っているかと尋ねられた。また、主君である王のために、被告に不利なことで何か言うことがあるかと尋ねられた。

まずねたみが進み出て、おおよそ次のように言った。

「閣下、私はこの男を長いあいだ知っております。この尊い法廷の前で、誓って証言いたします。この男は」

裁判官「待て。その者に誓いを立てさせよ」

そこで彼らは、ねたみに誓いを立てさせた。それから、ねたみは言った。

ねたみ「閣下、この男は、もっともらしい名前をしておりますが、我が国で最も卑劣な者の一人です。君主も民も、法も習慣も重んじません。それどころか、あらゆる手を尽くして、すべての人に不忠な考えを吹き込もうとしております。それをひっくるめて、信仰と聖さの原理と呼んでおります。具体的に申しますと、私自身、この男がこう断言するのを一度聞きました。キリスト教と我らが虚栄の町の習慣とは正反対で、決して相容れない、と。閣下、この男はこの言葉によって、我らの立派な行いを残らず罪に定めております。それだけでなく、そうする我ら自身をも罪に定めているのです」

すると裁判官は彼に言った。

裁判官「まだ言うことはあるか」

ねたみ「閣下、まだいくらでも申せますが、法廷を退屈させたくはございません。けれども、もし必要とあれば、ほかの紳士方が証言を終えたあとで、私の証言を付け足しましょう。この男を片づけるのに足りないものが、一つもないようにいたします」

そこで、ねたみは下がっているように命じられた。

次に彼らは迷信を呼び、被告を見るように命じた。そして、主君である王のために、被告に不利なことで何を言えるかと尋ねた。それから誓いを立てさせると、迷信は話し始めた。

迷信「閣下、私はこの男をよく知っているわけではありませんし、これ以上知りたいとも思いません。けれども、この男がひどく有害なやつだということはわかっております。先日、この町でこの男と話したことがあるからです。そのとき、この男はこう言いました。我らの宗教はくだらない、そんなものではとうてい神に喜ばれることはできない、と。閣下、この言葉から必然的に何が導かれるかは、閣下がよくご存じでしょう。つまり、我らはいまだにむなしく礼拝しており、いまだに罪の中にいて、ついには地獄に落ちる、ということです。私の申し上げることは以上です」

次におべっかが誓いを立て、主君である王のために、被告に不利なことで知っていることを言うように命じられた。

おべっか「閣下、ならびに紳士の皆様、私はこの男を以前から知っております。この男が、口にしてはならないことを話すのを聞きました。この男は、我らの気高い君主ベルゼバブ様をののしりました。また、そのご立派なご友人方のことも、さげすんで話しました。そのご友人方のお名前は、〈古き人〉卿、〈肉の快楽〉卿、〈ぜいたく〉卿、〈虚栄心〉卿、老〈好色〉卿、〈強欲〉卿、そのほか我らの貴族の方々すべてです。そのうえ、この男はこうも言いました。もしすべての人がこの男と同じ考えになれば、この貴族の方々は、できることなら誰一人として、もはやこの町にいさせないようにするだろう、と。それだけではありません。閣下、今この男の裁判官に任じられているあなた様をも、この男は恐れげもなくののしりました。神を恐れぬ悪党と呼んだのです。ほかにも同じような悪口を並べて、我らの町の紳士方のほとんどに浴びせかけたのです」

おべっかが話し終えると、裁判官は被告に向かって言った。

「この背教者め、異端者め、裏切り者め。この正直な紳士方がお前に不利な証言をしたのを聞いたか」

忠実「私自身の弁明のために、少し話してもよろしいでしょうか」

裁判官「こやつめ、こやつめ。お前はもう生きている値打ちはない。この場ですぐに殺されて当然だ。だが、我らがお前にどれほど寛大であるかを、皆にわからせてやろう。卑しい背教者のお前が何を言うのか、聞いてやる」

忠実「では申します。第一に、ねたみの言ったことに答えます。私はこう言っただけです。神のみことばに真っ向から反する規則や法や習慣や人々は、キリスト教とは正反対である、と。もしこれが間違っているなら、私の誤りを示してください。私はここで、あなたがたの前で前言を取り消す用意があります」

「第二に、迷信と、私に対する彼の告発についてです。私はただこう言いました。神を礼拝するには、神から来る信仰が必要です。しかし、神のみこころが神から啓示されなければ、神から来る信仰はありえません。ですから、神の啓示にかなわないものを神の礼拝に持ち込むなら、それは人間の信仰によってしかできません。そして、そのような信仰は永遠のいのちの役には立たないのです」

「第三に、おべっかが言ったことについてです。ののしったなどという言い方はさておいて、こう申します。この町の君主は、この町やこの国よりも、地獄にいるほうがふさわしいのです。この紳士が名を挙げたその取り巻きの有象無象も同じです。どうか主が私をあわれんでくださいますように」

すると裁判官は陪審員たちに呼びかけた。陪審員たちはこのあいだずっと、そばに立って聞き、見ていたのである。

「陪審員諸君、この町でこれほどの大騒ぎを起こしたこの男を、諸君は見ている。また、これらの立派な紳士方がこの男に不利な証言をしたのを聞いた。この男の答弁と自白も聞いた。この男を絞首刑にするか、命を助けるかは、今や諸君の胸ひとつにかかっている。だが、我らの法について諸君に教えておくのがよいと思う」

「我らの君主のしもべである大王パロの時代に、一つの法令が作られた。異なる宗教の者たちが増えてパロの手に負えなくなるといけないので、その男の子らを川に投げ込め、というものだった(出エジプト一・二二)。また、君主のもう一人のしもべ、大王ネブカデネザルの時代にも法令が作られた。それによれば、王の金の像にひれ伏して拝まない者は、火の燃える炉に投げ込まれることになっていた(ダニエル三・六)。また、ダリヨスの時代にも法令が作られた。それによれば、一定の期間、王をおいてほかの神に祈る者は、獅子の穴に投げ入れられることになっていた(ダニエル六章)。さて、この反逆者は、これらの法の本質を破った。心の中で破っただけでも許しがたいのに、言葉と行いでも破ったのだ。だから、とうてい許すことはできない」

「パロの法は、まだ罪が明らかになっていないうちに、害を防ぐことを想定して作られたものだった。だが、ここでは罪が明らかになっている。第二と第三の法について言えば、諸君の見たとおり、この男は我らの宗教に反論している。そして、すでに自白した反逆の罪によって、この男は死罪に値するのだ」

そこで陪審員たちは退席した。その名は、〈盲目〉、〈ろくでなし〉、〈悪意〉、〈色好み〉、〈放蕩〉、〈向こう見ず〉、〈高ぶり〉、〈敵意〉、〈うそつき〉、〈残酷〉、〈光嫌い〉、〈容赦なし〉である。彼らは一人一人、仲間内で被告に不利な評決を述べた。それから全員一致で、裁判官の前で有罪と答申することに決めた。まず仲間内で、陪審長の盲目が言った。

「この男が異端者であることは、はっきりと見えている」

次にろくでなしが言った。

「こんなやつは地上から取り除いてしまえ」

悪意も言った。

「そうだ。あいつの顔つきからして憎らしい」

色好みが言った。

「あいつにはどうにも我慢がならなかった」

放蕩も言った。

「俺もだ。あいつはいつも、俺の生き方を責めてばかりいたからな」

向こう見ずが言った。

「吊るせ、吊るせ」

高ぶりが言った。

「けちな小物め」

敵意が言った。

「あいつを見ると、胸がむかむかする」

うそつきが言った。

「あいつは悪党だ」

残酷が言った。

「絞首刑でもあいつには生ぬるい」

光嫌いが言った。

「あいつを片づけてしまおう」

最後に容赦なしが言った。

「全世界をくれると言われても、俺はあいつと和解などできない。だから、すぐにあいつを死罪に当たる有罪と答申しよう」

彼らはそのとおりにした。そこで忠実は、ただちに有罪を言い渡された。今いる場所から、もといた場所へ連れて行かれ、考えうる限り最もむごい死に方で処刑されることになったのである。

そこで彼らは、自分たちの法に従って処刑するために、忠実を連れ出した。まず彼をむち打ち、次にこぶしで殴り、次に小刀で肉を切り裂いた。そのあと石で打ち、さらに剣で突き刺した。そして最後に、杭に縛りつけて焼き、灰にしてしまった。こうして忠実は最期を遂げた。

私が見ていると、群衆の後ろに二頭立ての馬車がとまり、忠実を待っていた。敵が忠実を殺すやいなや、彼はその馬車に乗せられた。そしてすぐに、ラッパの響きと共に雲を突き抜けて運び上げられた。天の門へいちばん近い道を通ってである。一方、クリスチャンには猶予が与えられ、牢に戻された。こうして彼は、しばらくそこにとどまった。けれども、すべてを治めておられる方が、彼らの怒りの力をご自分の手に握っておられた。その方がうまく取り計らわれたので、クリスチャンはこのときは彼らの手を逃れ、自分の道を進んで行った。

勇敢な忠実よ、言葉にも行いにも、見事であった。裁判官も、証人も、陪審員もあなたに打ち勝つどころか、怒りをさらけ出しただけだ。彼らが死んでも、あなたは代々に生き続ける。

クリスチャンは歩きながら、こう歌った。

「忠実よ、あなたは忠実に信仰を言いあらわしたあなたの主に。主と共にあなたは祝福を受ける不忠実な者たちが、むなしい楽しみもろとも地獄の苦しみの中で泣き叫ぶときに。歌え、忠実よ、歌え。あなたの名を生かし続けよ彼らはあなたを殺したが、あなたは今も生きているのだから」