ジョン・バニヤン『天路歴程』

(二十六)無神論者

しばらくすると、二人は遠くに一人の男がいるのに気づいた。男はひとりきりで、大路をそっとこちらへ歩いて来るところだった。するとクリスチャンは連れに言った。

「向こうに、シオンに背を向けた人がいます。私たちのほうへやって来ます」

希望「見えます。今度は用心しましょう。あの人も〈へつらい者〉だといけませんから」

男はだんだん近づいて来て、とうとう二人のところまでやって来た。男の名は〈無神論者〉といった。無神論者は二人に、どこへ行くのかと尋ねた。

クリスチャン「シオンの山へ行くところです」

すると無神論者は大笑いした。

クリスチャン「何を笑っているのですか」

無神論者「お前たちがあんまりものを知らないのを見て、笑っているのさ。こんなにうんざりする旅をわざわざ引き受けて、しかも骨折り損のくたびれもうけになりそうなんだからな」

クリスチャン「どうしてです。私たちが迎え入れてもらえないとでも思うのですか」

無神論者「迎え入れてもらえる、だと! お前たちが夢見ているような場所など、この世界のどこにもありはしない」

クリスチャン「でも、来たるべき世にはあります」

無神論者「俺も故郷にいたころ、お前たちが今言っているようなことを聞いた。それを聞いて、見に出かけたのさ。それから二十年、この都を探してきた。だが、旅立った最初の日と同じで、何ひとつ見つからない(エレミヤ二二・一二、伝道の書一〇・一五)」

クリスチャン「私たちは二人とも、そういう場所が見つかると聞きましたし、信じてもいます」

無神論者「俺だって、故郷にいたころに信じていなかったら、こんなに遠くまで探しに来はしなかった。だが、何も見つからない。そんな場所があるのなら、見つかっていたはずだ。俺はお前たちよりも遠くまで探しに行ったのだからな。だから俺は引き返す。そして、あのころ捨てたもので、また元気を取り戻すとするよ。今にして思えば、ありもしないものを望んで捨ててしまったのだからな」

そこでクリスチャンは、連れの〈希望〉に言った。

「この人の言ったことは本当でしょうか」

希望「気をつけてください。この人はへつらい者の一人です。前にも、ああいう連中の言うことに耳を貸して、どんな目にあったか思い出してください。シオンの山がないですって! 私たちは〈喜びの山々〉から、都の門を見たではありませんか。それに、私たちは今、信仰によって歩むはずではありませんか。先へ進みましょう。むちを持った人に、また追いつかれるといけませんから(第二コリント五・七)。本当なら、この教えは、あなたが私に教えてくださるべきものでした。それを今、私があなたの耳にささやきましょう。『わが子よ、知識の言葉をはなれて人を迷わせる教訓を聞くことをやめよ』(箴言一九・二七)。兄弟よ、あの人の言うことを聞くのはやめましょう。そして、信仰に立って、いのちを得る者となりましょう(ヘブル一〇・三九)」

クリスチャン「兄弟よ、私があんなことを尋ねたのは、私たちの信じていることが真実かどうか、自分で疑ったからではありません。あなたを試して、あなたの正直な心が結ぶ実を、引き出してみるためだったのです。あの人については、この世の神に思いをくらまされているのだとわかっています。私たちは真理を信じているのですから、先へ進みましょう。すべての偽りは真理から出るものではないのです(第一ヨハネ二・二一)」

希望「今こそ私は、神の栄光にあずかる希望をもって喜んでいます」

こうして二人は男から離れた。男は二人をあざ笑いながら、自分の道を去って行った。